昔ばんぎゃるだった何かの日記

ばんぎゃるがいろいろ考えたりいろんなものを観たりするよ。

好きじゃないのにいつも人生にあるもの(ライブハウスに寄せて)

15歳の春、初めてライブハウスに行った。

今から思えば広めの会場、二階席の最前列。

でも、今までホールやドームでしかライブを観たことがなかった私にとって、肉眼で表情のわかるその距離感と、直接身体の芯に響くような音楽に、公演の2時間半、ただ呆然と、夢か現実か分からない気持ちでステージを見ることしかできなかったのを今も覚えている。

18の冬、友達のライブを観に、初めて雑居ビルの地下にあるライブハウスに入った。

ガラガラのフロアに向かってギターを弾く友達を見るのは変な感じだった。隣に座っていた知らない女の子は「ライブハウスの床は灰皿」と言いながらその場に吸殻を捨てていた。

24の夏、渋谷のライブハウスで、人生を変えてしまうバンドと出会った。

1300人のキャパシティを当日券でソールドアウトさせて、わたしが運命を感じたバンドと恐らく一生かけて大好きなバンドマンはステージの上で笑っていた。

25の夏、自分の目当てのバンドが出られなくなったライブを観に行った。神戸のライブハウス。初めての遠征だった。

「お目当ては?」という、今まで何度もきかれた質問にすぐには応えられなかった。

彼らの出ないステージを見つめながら、彼らもきっとまたここに戻ってくるのだと信じる気持ちを強くした。

翌年、原宿のライブハウスで大好きなバンドが再びステージに立つのを観た日から、私にとってライブハウスは特別な場所になった。

大好きなバンドのツアーで全国のライブハウスを何度も巡った。一つひとつに思い出し切れないくらい沢山の思い出がある。

ただ、私はライブハウス自体が別に好きなわけじゃない。汚いし、暗いし、大抵周辺の治安は悪いし、寒いし、場所によってはスタッフの対応も最悪だ。

それなのに、私の人生にはいつもライブハウスがある。

それは、ライブハウスのステージの上で、バンドの人たちが夢みたいに輝くのを一回でも多く観たいからだ。

照明や音響で彼らを輝かせてくれるライブハウスの人たちに感謝はしてるけど、だからといってライブハウス自体が好きなわけじゃない。

でも、無くなったら困るのだ。かっこいい音楽をやってる人たちが、夢みたいに輝くステージは一つでも多い方がいい。

好きじゃないのに、無くなったら困る場所ってすごく不思議だけど、ライブハウスってそういうものだよね。

配信ライブを1年弱観ていて、「ライブハウスに行かなくても配信でいいじゃん」って思いたかった。

汚くて暗くて寒いライブハウスに行くのが嫌だから。ちょっと立ち止まっただけで、地の果てまで追いかけてくるようなスタッフに追い立てられながら帰宅するのが嫌だから。

でも、全然そうは思えなかった。

私には、「生」で音楽を感じるライブハウスが絶対に必要なのだ。

全然好きじゃないけど、大事な場所もあるんだなと、このコロナ禍で思い知らされた気持ちです。

またライブハウスに行けるようになったら、もう少しライブハウスを好きになりたいなぁと今は思っている。

 

おわり。